(ノンフィクション作品や、エッセイ集など、久田恵が自著を紹介します。一度には、なかなか書けないので、少しずつ書いては更新していきます)ご購入はこちらから。
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久し振りに新しい本を出版いたしました。
「ここが終の住処かもね」(潮出版 2022年12月20発売)
というシニア向けの小説です。
私は長く住んでいた東京を離れ、那須高原にあるサービス付き高齢者住宅(通称サ高住)ゆいま~る那須に暮らして五年になります。
私は、ノンフィクションの物書きですが、七十歳を迎える頃、女性ばかりのチームを組み全国の様々な介護施設の取材を進めていました。その折、ゆいま~る那須を取材し、そこが気に入り、二か月後には息子家族と別れて移住を決行。「これからは、究極の自己中心を貫き、一人で「好き勝手に自由に暮らす」と決めました。
しかしながら、フリーター人生を貫いたため、満額に欠ける低国民年金受給者のため、悠々自適とはいかず、相変わらずせっせと「サ高住」の自室で仕事を続けているわけです。
年齢も年々高くなり、あちこち出掛けての取材もできない、それで、今自分のいるシニアたちの新しいコミュニティを舞台にしたルポを書こうと思いましたが、入居する仲間を取材して書いたりしたら、私は、ここにのどかに住めなくなるかもなあ、と・・・。
そんなわけで、手軽に読めるライトノベルとして書きました。
ノンフィクションの手法とフィクションを組み合わせ、サ高住と言う新たなシニアたちのコミュニティ暮らしの情報も小説を通して提供しよう、そんな思いを込めた著作となりました。
久田恵
「主婦 悦子さんの予期せぬ日々」(2017年・潮出版)
女性誌の月刊「パンプキン」に、2015年1月号から2017年3月号まで連載された小説を単行本にした作品です。
初の小説です。私としては、老年向けの気楽に読めるライトノベルと言うジャンルがあったらなあ、との思いでチャレンジしました。現代家族小説です。定年夫、80歳母と男友だち、パラサイト息子、シングルマザーの娘・・・、
どこの家庭でも起こっている3世代の家族のごたごたを描てみました。すべてのエピソードは、ノンフィクションの物書きとしての取材のプロセスで出会ったエピソードを素材としているので、なかなかリアルな小説になっています。
書いていて、これほど自由で楽しい世界があったのだと思いました。
「今が人生でいちばんいいとき!」(2016年・海竜社)
サンケイ新聞連載エッセイ「家族がいてもいなくても」の第4弾エッセイ集です。
今回は、出版者が海竜社です。ガラリと雰囲気が変わり、読みやすい編集になっています。
海竜社の社長さんが、とても迫力のある女性で有名な方です。
彼女が言ったそうです。「老年エッセイスト」として育てたいと。ふふふ、です。本当はノンフィクションの書き手の私だったのですが、だんだん、歳を重ねてきて、一冊の本をハードな取材を何年も続けて書き下ろす、ノンフィクション作家の道は険しすぎるようになってきました。
でも、これも、自分の日常の日々を書き綴った、一種の自分ノンフィクションかなあ。
「新・家族がいてもいなくても」(2013年・産経新聞出版)
産経新聞連載エッセイ「家族がいてもいなくても」の第3弾のエッセイ集です。ついに三部作! ということになりましたが、すでに新聞連載を始めて、七年目に入っています。これまで自分の息子の子育てのことをエッセイであれこれ書いてきましたが、今や、私は孫育てです! なんと人生は、駆け足で過ぎ去っていくのでしょう。しかも、想定外のことばかり。毎年、毎年、思わぬ方へと人生は展開し続けていきます。
とくに、このエッセイ集は、あの東日本大震災以後(3・11)からの二年、少し、世界の風景が違って見えてきました。
「サーカス村裏通り」復刻版(2011年・七つの森書館)
1986年に単行本化された「サーカス村裏通り」の復刻版です。
七つの森書館の「ノンフィクションシリーズ人間」の一巻として出版されました。34歳の時、シングルマザーだった私は、人生に行き詰まり、四歳の息子をつれ、キグレサーカス団に入り、炊事係りとして働きながら、子育てをしました。そのテント暮らしの一年間の体験を綴ったノンフィクション作品です。
今となれば、もう失われてしまった日本のサーカス団で生きる人々の、貴重な記録ともいえます。
この本によって、ノンフイクションの作家として生きることになった、私にとっての原点の作品です。この体験以来、人生に行き詰まったら「飛べ!!」とどこからか声が聞こえるようになりました。
「一人で生きる練習帳」(2011年・産経新聞出版)
産経新聞に連載中(金曜日掲載)のエッセイ「家族がいてもいなくても」をまとめた単行本の第2弾です。
さすがに、長く連載をしていると、読者の方もお友だち気分になるようです。雨の日にカッパを着て自転車に乗ったら、塀にぶつかったとか書くと、前が見えやすいカッパを教えてくれる手紙が来たりします。風邪をひいたと書くと、養生の仕方がまちがいです、とお医者さんが手紙で教えてくれたりします。休載すると、どうかしたの? 大丈夫?と心配してくれるハガキが届きます・・・。
ほんとにあたたかい読者です。本の表紙のイラストとデザインは、連載エッセイに、挿画を書いてくれている太田拓美さんです。20代の頃からの友人です。
この本の表紙の絵は、「女は、時々、小高い丘に登って、遠くを見たくなるのです」みたいな内容のエッセイについていたイラストを使いました。
自宅をNPOの事務所にしてしまったもので、近所に狭い狭いワンルームマンションを借りて、三十年ぶりに、女の一人暮らしを始めたので、このようなタイトルになりました。
「ファンタスティックに生きる」(2010年・共同通信社)
私は、長い長い介護生活の末に、母を喪いました。そして、また、今度は父の介護が始まる、ということになった時、しみじみ思いました。
このままでは、もう、やっていけない、生き方を変えなけれなば! いや、生き方を変えられなくても、考え方を変えなければならない、と。それで、とりあえず、人生のテーマを持つことにしました。それが「ファンタスティックに生きる!」だったのです。
自らファンタスティックプロデューサーなどと名乗り、花げし舎を立ち上げ、ホームページ上でいろんな、ささやかだけれど、楽しいかも、ということを提案し、自宅にいろんな方をお招きしてお茶会を始めたりしました。
そのあれこれのいきさつを綴った、ちょっと風変わりなエッセイ集です。
この花げし舎のブログがもとになっておりまする。
これを読んでいただけると、なぜ、私が、「アリスのお茶会」だとか、音楽人形劇団のパペレッタ・カンパニーだとかを始めたのかがわかっていただけるかと思います。
「家族がいてもいなくても」(2009年・産経新聞出版)
三十代後半で、親の介護に直面し、以来、延々、二十年以上も仕事をしつつ実家の主婦役を担ってきた私です。おかげで、現代家族の二大機能と言われる「子育て」と「介護」に翻弄され尽くされてきましたが、ついに、子どもが自立し、老親が逝ってしまい、気が付けばひとりです。家族がいてもいなくても、結局は、最後は、おひとりさまになってしまうのね、そんなしみじみとした実感の中で、始まった新聞連載のエッセイの二年分をまとめた本です。
女の悩みは男の数ほど――久田恵の人生案内(2005年 洋泉社)
読売新聞の「人生案内」の回答の中から、夫のこと、息子のこと 義父のことなど男に関する女の相談を集めた本です。女はもう、夫や子どもや家族が自分をシアワセにしてくれるはず、という根拠のない願望を捨てましょね、というのが著者のスタンスです。
シクスティーズの日々――それぞれの定年後(2005年 朝日新聞社)
男にとって、女にとって、六十代とはどのような人生の課題に直面する世代なのでしょうか。夫婦の軋轢のこと、なかなか終わらない子育てのこと、困難な介護のこと、思いがけない恋愛のこと、まだやり残していること・・・、シックスティーズの今を生きる男女四十四人の真摯な胸のうちを聞き取ったルポです。朝日新聞家庭欄に連載したコラム「仕上げの時、助走の時――シクスティーズの日々」を大幅加筆しました。
文庫本もあります。
母のいる場所――シルバーヴィラ向山物語(2004年文藝春秋・文庫)
10年にわたる母の在宅介護、子育て、仕事、頑固な老父との戦い、そのごたごたの末に出会ったユニークな老人ホームでの体験を描いたルポです。 この作品は紺野美沙子さん、馬渕晴子さん、小林桂樹さん、などの出演で槙坪夛鶴子監督により映画化されました。
大丈夫(2002年・主婦の友社)
四十代から五十代へ。月刊誌「マイ・フォーティーズ」に連載。 大丈夫な気持ちになれる笑えるエッセイ集です。
家族を卒業します(筑摩書房・文庫)
家族を生きるということは、葛藤を生きること・・、だからこそ家族は楽しいのかも、 というあれこれを描いたエッセイ集です。
おんなの眼(1999年・マガジンハウス)
コギャル問題から更年期、老いて行く親たち、パソコン、ガーデニング、そして犯罪の多発する社会、離婚・・・。自分の身の回りで日常的に起こっている小さな変化を見据えた「クロワッサン」連載のエッセイ集です。
子別れレッスン(1999年・学陽書房)
どこに向かって、私たちは子育てをするのか? をテーマに、親離れでつまづく子どもたちとその家族の問題を精神科医の斎藤学氏と徹底討論したユニークな対談集です。
息子の思春期(1999年・学陽書房・文庫)
後に不登校となるわが息子とのあれこれを描いたエッセイ。 文芸春秋読者賞受賞の親子同時ドキュメント付きです。
ニッポン貧困最前線―ケースワーカーと呼ばれる人々
(1999年文芸春秋・文庫)
一億総中流化がいわれるなか、ニッポンの貧困はどうなっているのか、ケースワーカーの仕事を通して生活保護の実態に迫るルポです。
欲望する女たち―女性誌最前線を行く (1998年・文芸春秋)
女性誌は女の欲望を映し出す鏡です。ダイエット、お受験、チャイルドママ、不倫ブームなど、多様化しエイジレス化する女たちの欲望の現場を覗いたルポです。
ワーキングマザーと子どもたち(1997年・筑摩書房・文庫)
働くお母さんと子どもたちをめぐる30のお話と子育てエッセイ集です。いずれも、子どもたちに取材をして、彼らの話を聞きとって書いた作品集で、創刊されたばかりの「日経ウーマン」に連載したものをまとめた本です。
愛はストレス(1996年・文芸春秋)
仕事を愛し、家族を愛し、愛を注ぐばかりでいささか疲れ気味のあなたを応援する女の本音エッセイ。在庫なしですので、図書館でどうぞ
母親が仕事をもつとき(1996年・学陽書房・文庫)
働きながら子どもを育てることは、たぶん、面白いことなのだ。保育園のこと、仕事のこと、母親たちの切実な体験を共感を持って描いたルポです。
男がいてもいなくても(1996年・講談社・文庫)
厳しい世間の風にも負けず自然体で生きたいと願うシングルマザー奮闘エッセイです。
フィリッピーナを愛した男たち(1992年・文芸春秋・文庫)
フィリッピンからの出稼ぎ女性と日本男性の恋愛と結婚を描いたルポ、彼らの結婚の物語です。1989年に単行本、第21回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。
この本がノンフィクション賞を受賞し、私は女性誌のフリーライターからノンフィクション作家と呼ばれることになりました。以来、在宅ワーカーとしての道を歩み始めたのでした。
サーカス村裏通り(1991年・文芸春秋・文庫)
四歳の息子と住み込んだキグレ大サーカスでのテント暮らしの体験ルポ。そこは雨風と布一枚で区切られた別天地だった。残念ながら絶版。ぜひにという方は、花げし舎にご注文ください。多少ですが在庫ありです。
女のネットワーキング(1987年・学陽書房)
全国にさざ波のように存在する草の根の女のグループ500余の活動とその熱い声を歩き回って取材をして集めた全国ガイド。いろんな集会へ出掛け、17人の女性たちに「この指止まれ!」と呼び掛けて、編集した本です。取材に歩きながら、なんども倒れました。今になってみると、なぜ、お金もないのにあのような無茶な熱意でこのような本を編んだのか、自分で自分が理解できません。貧乏真っ只中の母子家庭で、人生で一番大変な時に、とんでもないことに身を投じ、借金まで負ってしまった私なのでした。でも、この困難が自分を鍛え、ノンフィクションの書き手への道を歩ませる自力の特訓になったような気もします。女性グループの人たちからは、いろいろと非難、中傷を受け、大きなダメージも受けました。でも、この本を見ると、一生懸命に生きようとしていた昔の自分をいとおしい気持ちで思い出します。
正しい母子家庭のやり方(1985年・JICC出版)
酒井和子との共著。シングルマザーである、私たちには私たちらしい生き方、暮らし方がある、と宣言した、経験者たちの実例満載の母子家庭の母子家庭による母子家庭のための本です。
この本にたくさんの同志たちから、手紙をもらいました。忘れることのできない本です。